ディズニー映画「塔の上のラプンツェル」の中のヴィランであるゴーテル。
ヴィランとはいえ18年間、ラプンツェルを1人で育て上げたゴーテルはいい人なのでは?という疑問が浮かびました。
そこでこの記事では、ラプンツェルマニアがゴーテルがいい人なのかについて考察しました。
原作絵本とディズニーの映画・続編アニメ・小説を見たり読んだりして感じたことを書いています!
【ラプンツェル】ゴーテルはいい人?
「塔の上のラプンツェル」に登場するゴーテルはいい人ではありません。
プリンセスを誘拐している時点でいい人ではないですよね。
でもラプンツェルは素直でとってもいい子だよね!
私も小説を読むまでは、ゴーテルはそこまで悪い人ではないのかな?って思ってたよ!
愛情がなかったら、ラプンツェルは捻くれて暗い人間になっていたはずですよね。
つまり、ゴーテルは確実にラプンツェルに愛情を注いで育てていたのです。
愛情の矛先はもちろんラプンツェルの髪です。
しかしゴーテルにとっては、魔法の髪を持つラプンツェル自身もかけがえのない大切な存在でした。
映画でも「私のお花ちゃん」と呼んでいましたよね。
ゴーテルは花の力がなければ生きていけないので、異常なまでの愛情を持っていました。
【ラプンツェル】ゴーテルは髪しか触らない
「塔の上のラプンツェル」に登場するゴーテルは、ラプンツェルの髪しか触らないシーンが複数あります。
キスをするのも髪ですし、愛情を伝える時も髪を触っています。
やはり、ラプンツェルの髪を愛しているのですね。
とは言え、ラプンツェルは愛情のこもった言葉を毎日聞かされていたので、愛されていると感じていたことでしょう。
【ラプンツェル】ゴーテルに手を伸ばす心理
「塔の上のラプンツェル」のラストでゴーテルが塔から落ちる時、ラプンツェルは手を伸ばしていました。
助けるのは不可能な位置ですが、手を伸ばす姿はゴーテルを助けたいと思っているように見えます。
この心理は、やはりゴーテルが塔から落ちるのを防ぎたかったのだと思います。
ただ、ゴーテルを許したとか、愛があったとかではなく、反射的な動作でした。
【ラプンツェル】ゴーテルは最後かわいそう?
「塔の上のラプンツェル」のゴーテルは、最後がかわいそうだとは感じませんでした。
理由は以下です。
- そもそも寿命以上に生きながらえていた
- 苦しみながらの死ではない
- 若さを保つという呪いから解放された
ゴーテルは400歳を超えているので、「ゴーテルの死=自然の理」なんですよね。
また、塔から落ちたとき砂になって消えました。
砂になって消える感覚はわかりませんが、苦しみは伴っていない印象でした。
ディズニー映画なのでさらっとした感じで描いたのかもしれませんが…
また、ゴーテルは若さを保つことに執着しすぎて誘拐という犯罪まで犯しています。
砂になったことで、若さを保ちたいと執着から解放されたのはよかったのかな?と思いました。
まとめ
塔の上のラプンツェルのゴーテルについて
- 誘拐しているのでいい人ではない
- 髪目当てとはいえ愛情を込めて育てている
- ラプンツェルが最後に手を伸ばすのは反射
- 最後はかわいそうではない
と感じました。
ゴーテルってディズニーヴィランの中では、悪役感が薄いですね
髪目当てとはいえ愛情を込めて育てていたからでしょう。
ゴーテルの心理は小説が1番濃く書かれていると感じました。